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2006.02.27

レッズと荒川静香を結ぶ線

イナバウアー・・・そんな言葉が頭から離れないとろさーもんです。


今朝、トリノオリンピックは閉会式が行なわれ、17日間の熱戦に幕が閉じられました。しかし未だ熱が冷めないというか、上がる一方の荒川静香選手のフィーバーぶり。

ところであの金メダルを決めたフリープログラムでの曲目に聞き覚えのある方はいますか?

その曲は、「誰も寝てはならぬ」


その歌が以前駒場スタジアムで歌われたのは、一昨年の4月10日。

ラッセルワトソン氏が来日して、レッズとしては初のハーフタイムショーが行なわれました。下がそのときのオフィシャルの文面です。


「英国が生んだ世紀のスーパー・ヴォーカリスト 「ラッセル・ワトソン」ハーフタイム・ショーのお知らせ」

ラッセル・ワトソン、ハーフタイム・ショー
1.日 時 : 2004年4月10日(土)ハーフタイム (16時55分頃より約5分間) Jリーグ 1stステージ第4節 浦和レッズ対ヴィッセル神戸(16時試合開始)

2.会 場 : 駒場スタジアム (ピッチ上を予定)

3.演奏曲目 : 誰も寝てはならぬ~プッチーニ:歌劇<トゥーランドット>より

4.ラッセル・ワトソン氏 プロフィル : 1972年11月24日、イギリス北西部マンチェスター近郊のサルフォード生まれ。31歳。 しなやなか歌声、抜群の歌唱力でオペラ・アリアからポップスまで、自在に歌い上げるスーパー・ヴォーカリスト。マンチェスター・ユナイテッドの大ファン。 地元マンチェスターのホテルでのチャリティ・ショーに感動したマンチェスター・ユナイテッドの会長が、ユナイテッドの試合前にスタジアムで歌ってほしいと依頼。1999年5月にユナイテッドのホームスタジアム、オールドトラフォードで「誰も寝てはならぬ」を歌って大喝采を浴び、これがイギリス中を沸かせる歌手の幕開けとなった。その後、99年のラグビー・ワールドカップ、2000年10月にはサッカー・ワールドカップ予選イングランド対ドイツ戦(ウェンブリー)等に招かれ、都度大センセーションを巻き起こした。2001年には映画「コレリ大尉のマンドリン」で主題歌「ペラギアの歌」を歌い、アカデミー賞の授賞式会場であるロサンゼルス・コダックシアターの柿落とし公演等に出演、同年12月にはバチカンでローマ法王を前にして歌い、世界中の注目を浴びた。 2000年9月にリリースされたデビューアルバムは、クラシック・チャートで16週連続No.1を獲得し、ポップ・チャートでも11週連続20位以内にランクイン。全世界で200万枚の売上を記録した。 今回のハーフタイム・ショーは、来日公演の期間中に「日本のサッカースタジアムで歌を披露したい」という同氏からのご厚意で実現したもの。

5.ご来場の皆様へ : ラッセル・ワトソン氏からのお申し出は、大変光栄なことであり、浦和レッズでは、 これまでにないハーフタイム・ショーを実施することといたしました。 つきましては、盛大な拍手でラッセル・ワトソン氏をお迎えいたしたく、ハーフタイム・ショー中の皆様のご協力をよろしくお願いいたします。



そうあの時の歌です。思い出しましたか?で、こちらが当時の彼のコメントです。

歌い終わって本当にファンタスティックだった。感動した。 歌ってる時にサポーターの皆さんが反応して、エールを送ってくれたのが印象的。とても嬉しかった。 スタジアムの雰囲気はびっくり。Amazing!

駒場のサポーターは、試合中ずっと歌い続け、旗を振り、マフラーを振り、応援を続けて、イングランドのサポーターよりも雰囲気が良い。みんな強いノドを持っていますね。声の出し方がすばらしい。

浦和レッズが夏にマンチェスター遠征するかもしれないとの事。
現地でまた皆さんに会いたいですね。



このときの試合は2-1で勝利。まさに“ラッセルワトソン効果”でした。

それから約2年の時を経て、再びレッズサポの耳に響くことになった「誰も寝てはならぬ」。

今後、いろんなオリンピックのハイライトで幾度となく流れであろうこの曲に、何か不思議な縁を感じました。

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